ブックタイトル山口大学記念誌  「志」つなぎ伝える二百年

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概要

山口大学記念誌  「志」つなぎ伝える二百年

38"38校門旧旧山高から引き継いだ校舎本館開校時帽章開校式記念撮影12山口高等商業学校の成立全国3番目の官立高商 明治30年代、日清戦争後の日本では産業が発展し、実業教育振興の機が熟していた。相次いで実業学校が設立され、明治36(1903)年には「専門学校令」が制定される。 そのような時代のなか、政府は、国庫に移管された山口高等学校(旧旧山高)を「高等商業学校」(高商)に変更することを決定する。こうして、明治38(1905)年4月、官立の「山口高等商業学校」が、東京高商、神戸高商につぐ全国で3番目の高商として誕生した。同年誕生した長崎高商よりほんの一足早かったわけだが、「全国で3番目」は名声を高める要因となり、山口高商生の誇りでもあった。 第1回入学者は101名で、5月8日に入学式がおこなわれた。また、2年後の明治40(1907)年5月8日には、防長教育会会長、山口県知事ら130余名の来賓をむかえ、開校式が盛大におこなわれた。夜には校舎をイルミネーションで照らし、花火がうちあげられた。職員生徒・来賓が「高商」の文字を染めた提灯を手に市内をめぐる行列は4時間におよんだという。いわば時代の花形である「高商」の誕生を、地元をあげて歓迎したのである。"