Koji Nozaki

野崎浩二

山口大学大学院 創生科学研究科 理学系学域 物理学分野 教授

高分子物理学研究室

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研究業績リスト


現在の研究テーマ

1.薄膜系における鎖状分子の構造形成と分子配列
薄膜系における偶数アルカンの最安定分子配列および相転移の観測と自由エネルギー的考察
2.結晶性高分子の構造形成・相転移
a.アイソタクチックポリプロピレン(iPP)の構造形成:α1相とα2相の結晶化および相転移
b.アイソタクチックポリブテン-1の固相転移カイネティクス

薄膜系における偶数アルカンの最安定分子配列および相転移の観測と自由エネルギー的考察

薄膜系は、広い表面・界面に起源を発する特異な性質を示すことがある。例えば、 薄膜系ではバルク系とは異なる分子配列がしばしば見られる。炭素数n = 26のアルカン (以下C26)はバルク系では三斜晶系(以下T相)が最安定結晶相として出現する。薄膜にお いては斜方晶系(以下O相)や単斜晶系(以下M相)が出現する。さらに、成膜直後にO相で あった薄膜は、成膜後室温で放置すると、時間経過に伴って徐々にM相に変化することも 明らかにされている。薄膜系の特徴は系の薄さに伴う広い表面・界面の存在によるもの であり、膜厚の増加に伴ってその状況は変化する。そこで、本研究ではC26の真空蒸着膜 を作製し、薄膜に出現する結晶相の膜厚依存性をX線回折法によって調べ、薄膜としての 性質が変化する系の特徴的な厚さを求めた。さらに、真空蒸着終了後に経時的に進行す る分子再配列のメカニズムをX線回折法によって調べた。
<最近の研究会の概要集>
n-アルカン薄膜系の多形挙動と動的構造変化解析(pdf 694KB)

アイソタクチックポリプロピレン(iPP)の構造形成:α1相とα2相の結晶化および相転移

 アイソタクチックポリプロピレン(iPP)の結晶成長速度の結晶化温度Tc依存性には 複数の屈曲点が見られることが報告されている。最も高温側の屈曲点の原因について、 Chengらは成長様式における、regime II-III転移によるとしている[1]。一方、中村ら は、立体規則性の比較的低いiPP ([mmmm] = 88.7 %)を用いて成長速度を測定し、同様 の屈曲点の起源は、成長する結晶相が高温では 2相であるのに対し低温側では 1相に変 化するためであると結論している[2]。以上のように、同じ成長速度の屈曲点に対して 複数の起源が提案されている。そこで、我々は、今まで報告されているものよりもさら に立体規則性の高いiPPを用い、融液から成長する単結晶のモルフォロジーの観察と成長 速度の測定を行い、成長速度の屈曲点の本質を探る研究に着手した。今までに、単結晶 の成長速度の屈曲点はChengたちの観測した最も高温側の屈曲点と同じ、 T = 47K ( T ≡ Tm0-Tc, Tm0は平衡融点)付近に1つだけ観測されること、 また、通常regime II-III転移に見られる成長モルフォロジーの顕著な変化は見られない ことが明らかになった[3]。本研究では、単結晶成長速度のさらなる解析と、成長する 結晶多形のX線回折法による同定を行った。
1. J. J. Janimak, S. Z.D. Cheng, P. A. Giusti, and E. T. Hsieh, Macromolecules, 24, 2253-2260 (2001).
2. K. Nakamura, S. Shimizu, S. Umemoto, A. Thierry, B. Lotz, and N. Okui, Polymer J., 40(9), 915-922 (2008).
3. K. Yamada, H. Kajioka, and A. Toda, Polymer Preprints, Japan, 57(2), 3526-3527 (2008).
<最近の研究会の概要集>
アイソタクチックポリプロピレンの結晶化 −高温域での結晶化挙動− (pdf 118KB)

アイソタクチックポリブテン-1の固相転移カイネティクス

アイソタクチックポリブテン-1(iPBu-1)は、融液状態から冷却すると、一旦、 準安定相であるII相(tetragonal,11/3 helix)に結晶化した後、徐々に最安定相である I相(hexagonal,3/1 helix)へ固相転移(II-I固相転移)する。この現象はオストワルド の段階則で説明でき、融液状態から直接最安定相へ結晶化するよりも、準安定相へ結晶 化する相転移速度が速いために起こる現象である。
 iPBu-1のII-I固相転移は、II相の中でのI相の核生成と成長によって進行する1次の固 相転移である[1]。低分子系の固相転移と比較すると相転移速度がかなり遅く、相転移過 程における非平衡状態の経時変化の観察が比較的容易であるため、固相転移研究の対象 として有効なモデル系でもある。今までの電子顕微鏡や散乱実験による研究の結果、 II-I固相転移は1次核生成律速で進行することが示された[2,3]。しかし、結晶構造の変 化をもたらす高分子鎖のミクロな動力学についてはまだ不明な点が多い。
 低温ではII-I固相転移速度が低下することが報告されている[1]が、その起源は明らか にされていない。おそらく、分子の運動性の低下によるものであると推測される。 さらに、ガラス転移(Tg = -32.4℃)に伴う非晶領域の硬化が結晶領域で起こるII-I固相 転移に影響を与えることが予想される。
 本研究の目的は、低温領域で起こるII-I固相転移速度の低下の原因と、ガラス転移と II-I固相転移との関連を明らかにし、固相転移の動的な機構に関する新しい情報を得る ことである。
<最近の研究会の概要集>
アイソタクチックポリブテン-1の相転移カイネティクス (pdf 91KB)

過去のテーマ

1.n-アルカンの回転相に関する研究
2.長鎖分子蒸着膜の構造形成
a.長鎖分子蒸着膜の分子配向
b.n-アルカン多層蒸着膜の構造

1.n-アルカン(n-CnH2n+2:主にn=21,23:以下Cnと略す) の回転相の短距離秩序構造のX線散漫散乱法による研究

<最近の研究会での発表の予稿>

n-アルカン回転相における分子の短距離秩序配列とその温度変化

[緒言]
n-アルカン結晶には、融点直下に回転相(R相)と呼ばれる構造の乱れをもつ相が 存在し、低温秩序相(LO相)との間で秩序無秩序型の固相転移が起こる。 R相では分子の重心位置に3次元長距離周期性を維持したまま種々構造の乱れが励起 され、その乱れは大きく2つに分類される。1つは分子軸周りの向き(分子配向)が いくつかのサイトをジャンプするように変化する回転的な乱れ(hindered rotation) である。この乱れにより分子配向の配列秩序が無秩序化する。もう1つは分子軸に沿った 並進的な位置が炭化水素鎖のC-C-C周期のレベルで無秩序化する乱れである。
 一部の研究によると、回転相では近隣の分子同士がその分子配向を規則的に配列しよ うとする相関をもち、短距離秩序配列を形成しているとされ、その秩序配列形態として Fig. 1に示されるherringbone型(I)とparallel型(II)の2種類が提案されている。 herringbone型はLO相に見られる分子配向の長距離秩序配列と同じであり、parallel型は 分子配向を平行に揃える秩序配列である。parallel型では、特に分子配向に平行な方向 に短距離秩序相関が強いとされる。 著者らは今までに、低温側からRV相 (monoclinic) → RI相 (orthorhombic) → RII相 (hexagonal)の3つのR相が存在するC23の単結晶を用い、X線散漫散乱法によりR相 内の構造の揺らぎに関して調べてきた。RII相に関しては、Fig. 1 (b) に示されるような parallel型の短距離秩序配列が存在する構造モデルを用いることで、実測のX線散漫散乱 強度を再現することができた。一方、RI相内の短距離秩序配列に関しては実測の散漫散 乱強度を再現できる構造が明らかになっていない。
 そこで本研究ではRI相がただ1つの回転相として広い温度域で出現し、平均構造が hexagonalから歪んだorthorhombicであるというRI相の特徴がより顕著なC21 の単結晶のX線散漫散乱強度から、RI相の短距離秩序配列を明らかにし、その温度変化、 LO相やRII相との構造の関連性、相転移のメカニズムを探求した。
[実験]
単結晶試料は、n-C21H44(東京化成工業:純度99%)のp-キシレン飽和溶液から 20℃で約3週間を経て析出させた。X線散漫散乱強度の測定には4軸型ゴニオメータと CCD検出器を搭載したX線回折装置(Rigaku: MERCURY-CCD)を使用した。RI相の X線散漫散乱強度は34℃と40℃で測定し、逆空間内のX線散漫散乱強度分布を得た。
[結果・考察]
 Fig. 1(a)-(c)にRI相低温度域、RI相高温度域、そしてRII相の特徴的な散漫散乱強度 分布(l_s=1)を示す。 Fig.2 (a), (b) に、本研究および以前の研究で観測されたX線散漫散乱パターンから 推測されるRI相とRII相の短距離秩序構造モデルを示す。RI相にはherringbone型(I) とparallel型(II)の短距離秩序配列ドメインが共存する。さらに、X線散漫散乱強度の 温度変化から、昇温とともに2つの短距離秩序ドメインの割合が変化することが推測さ れる。RII相ではparallel型の短距離秩序配列ドメインのみが存在する。
 格子定数が大きく温度変化するC21のRI相内では、分子間の空間相関は大 きく変化する。RI相内の低温側の格子定数はLO相の格子定数に近く、hexagonalから 大きく歪んで異方性が強いことを反映し、herringbone型の短距離秩序配列が支配的に 出現する。逆に、高温側ではRII相(hexagonal)の格子定数に近いことを反映し、 6方向のparallel型の短距離秩序配列が支配的に出現すると考えられる。このような 平均構造(格子定数)に依存した短距離秩序配列の出現傾向をFig.3に まとめる。これらは、Yamamoto1)による モンテカルロシミュレーションの計算結果とよく一致する。さらに、 herringbone型の短距離秩序配列の低温域での存在はNMRやIRの実験結果をよく説明する。
1) T. Yamamoto, J. Chem. Phys. 89, 2356 (1988)

         (a) RI-34℃              (b)RI-40℃           (c)RII
Fig. 1 X-ray diffuse scattering profiles of n-alkane in the R phases.

Fig. 2. Orientational short-range-ordering of the molecules in (a): the RI and (b): the RII phase. Arrows represent the molecular orientations around their axes. In the RI phase, both the herringbone type (I) and the parallel type (II) domains coexist. In the RII phase, only the parallel type domain remains.

Fig. 3 Short-rage-odered strtures in the R phases of n-alkane.

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投稿論文準備中
中谷 道人、野崎 浩二、山本 隆
「n-アルカン回転相における短距離秩序構造の変化−X線散漫散乱」
Polymer Preprints, Japan Vol. 56 No.1, pp680 (2007)

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2.長鎖分子蒸着膜の構造形成

a.長鎖分子蒸着膜の分子配向

 有機分子薄膜の物性は、分子配向、結晶多形、相転移現象、モルフォロジー、 エピタキシーを含めた結晶形成過程などに敏感に影響される。 逆にそれらを制御することで新機能付加の可能性もある。一方で有機分子デバイスには 迅速な開発が求められており、そのニーズに対応するためには機能をあらかじめ予測す る必要がある。これには有機分子材料を基礎的に理解し、諸機能の発現するメカニズム を解明しておく必要がある。有機分子材料の基礎的な理解のためには、高分子のような 複雑な構造形態を示すものではなく、比較的高い秩序構造を持った簡単なシステムでの 研究が不可欠である。
 本研究では、分子構造が単純であり、他の長鎖分子や高分子のモデル分子として取り 扱われるn-アルカンの真空蒸着膜の構造形成を調べることを目的とする。特に、基板に 対する分子配向に注目し、蒸着速度、基板温度などの成膜条件を系統的に変化させた真 空蒸着膜を作り、成膜条件が分子配向へ及ぼす影響を確認する。また、過去のn-アルカ ン真空蒸着膜の研究ではほとんど調べられていない分子配向の基板依存性をpolyimide, PET, glassの3種類の基板を使って調べる。さらに、炭素数23, 25, 27のアルカンを用 い、分子配向に対する鎖長の効果を把握する。
 前述したように、n-アルカンを始めとした長鎖分子は、基板温度が高いと垂直配向を 示し、基板温度が低い場合は平行配向を示す。また、平行配向した蒸着膜は高温でアニ ールすると垂直配向に再配向する。FukaoらのC27の研究ですでに確認されている、蒸着 膜のアニール時の再配向の温度依存性をC23, C25, C27のアルカンを使って調べ、再配向 の鎖長依存性を調べるとともに、基板種類依存性についても議論する。再配向の活性化 エネルギーを求めることにより、分子レベルでの分子配向のメカニズムを解明を試みる。

n-アルカン蒸着膜に見られる分子配向


分子軸が基板に垂直(垂直配向:左)と分子軸が基板に平行(平行配向:右)

 最近、系統的に調べたn-アルカン蒸着膜の分子配向挙動を以下に示す。




n-アルカン蒸着膜の分子配向挙動


縦軸は基板温度(ただし、融点からの過冷却度で示している)、横軸は蒸発速度。
(a)C23、(b)C24、(c)C25、(d)C26、(e)C27

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K. Nozaki, R. Saihira, K. Ishikawa and T. Yamamoto, "Structure of Normal Alkane Evaporated Films: Molecular Orientation", Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 46 (2), 761-769 (2007).

 最近、n-アルカンの末端水素をCl、Brなどさまざまなハロゲンに置換した分子の 蒸着膜の分子配向を調べる研究に着手した。

<最近の研究会での発表の予稿>

長鎖炭化水素鎖分子の真空蒸着膜の構造形成:分子配向におよぼす末端基の効果

[緒言]
 有機分子の薄膜系では広い表面や基板との界面の存在に起源を発し、バルク系には見 られない興味深い構造形成が見られる。この典型的なものが異方性分子配向である。有 機分子は分子構造それ自体異方性が大きいため、薄膜系において異方性分子配向の出現 挙動は顕著である。有機分子薄膜における異方性分子配向挙動は、有機分子の基本骨格 をなす構造体の1つである炭化水素鎖を中心に、主にその代表的な分子であるn-アルカン を用いて研究されてきた。今までの研究でn-アルカン真空蒸着膜について、基板温度や 蒸着速度などの成膜条件が分子配向に及ぼす影響が調べられてきた。基板温度が高く蒸 着速度が遅い場合は分子軸が基板に対して垂直に配向する「垂直配向」が出現し、基板 温度が低く蒸着速度が遅い場合は垂直配向状態に加え、分子軸が基板に対して平行に配 向する「平行配向」が出現する傾向にあることがわかった。異方性分子配向形成は、膜 形成の素過程の中で基板上での1次核生成に大きく左右されると考えられる。1次核内 の分子配向は一般的に分子と基板の相互作用に強く支配される。
 本研究の目的は、n-アルカンの両末端基をある官能基に置換した分子を用い、末端基 の違いが分子配向に及ぼす影響を調べることである。分子末端と基板の相互作用が分子 配向にどのような効果をもたらすか探求する。
[実験]
 試料には炭素数20のアルカン分子の両末端の水素の1つを、 同一のハロゲン(Br,Cl,I)に置換したn-C20H40Br2 を用いた。真空蒸着は、圧力2×10-3 Pa以下で様々な基板温度と蒸着速度に 制御して行った。基板はpolyimide, glass, Si wafer (それぞれ18mm×18mm)を使用し た。分子配向は2軸ディフラクトメーター(リガク:RAD-UA)を用いX線回折法により 調べた。
[結果]
 Fig.4(a)に様々な成膜条件でglass基板に成膜したn-C20H40 Br2蒸着膜の分子配向挙動を縦軸にTs-Tm (但し、Ts:基板温度,Tm: n-C20H40 Br2の融点) 横軸に蒸着速度をとって整理して示す。比較のため同様に glass基板上に蒸着したn-アルカン(n-C23H48)蒸着膜の分子配 向挙動をFig.4(b)に示す。n-C20H40 Br2は基板温度が低いときのみ平行配向の出現が見られた。特に Ts-Tmが-25℃以上の場合、平行配向は出現しなかった。 n-アルカン蒸着膜の場合と比較すると、明らかに垂直配向の出現する成膜条件が広い。 すなわち、分子末端をBrに置換することにより垂直配向の出現傾向が強くなった。 この違いは分子末端と基板の相互作用の強さの違いによると考えられる。しかしな がら、現状では具体的な考察は未だ行っていない。今後、分子両末端の水素をさま ざまなハロゲン元素に置換した分子を用いた研究を進め、異方性分子配向形成のメ カニズムを探る予定である。

Fig.4 Molecular orientation behaviors of (a): n-C20H40 Br2 and (b): n-C23H48 evaporated films deposited on the glass substrate. The Ts and Tm in the vertical axis are substrate temperature and melting temperature of specimen, respectively. Open circles represent the evaporation conditions for the films which consist of only the perpendicular orientation state. Full circles represent those for the films which consist of both the perpendicular and parallel orientation states.

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n-アルカン多層蒸着膜の構造

[緒言]
 近年、広い分野への応用の期待から機能性有機分子を用いた薄膜デバイスの開発研究 が盛んに行われている。無機、有機に関わらず薄膜デバイスは異種の膜を多層に成膜す ることにより作製される。これは有機分子薄膜デバイスも例外ではない。多層膜各層の 界面で起こる現象は膜の特性に大きく影響を与える。従って、有機分子多層膜の界面現 象を理解することは重要である。そこで著者らはn-アルカン分子を有機分子のモデル分 子として用い、多層膜の構造形成や界面現象を探ることを目的とした研究に着手した。
 本研究ではFig.5に示すような2つの異鎖長n-アルカン分子を交互に積層させた多層膜 を真空蒸着法により成膜し、X線回折法と走査型プローブ顕微鏡(SPM)法により多層膜 の構造評価を行った。さらに層境界で起こる界面現象について推測した。
[実験]
 蒸着源の炭素数23, 25のn-アルカン試料(C23, C25)は東京化成工業社製(98%<) をそのまま用いた。真空蒸着は、圧力2×10-3 Pa以下で基板温度、蒸着速度を制御して 行った。基板にはシリコンウェハ(以下:Si, サイズ:18mm×18mm)を使用した。まず、 ある鎖長のn-アルカンを目的の厚さまで蒸着する。次にもう一方のn-アルカンを同じ目 的の厚さまで蒸着することを繰り返し、多層膜を成膜した。膜の構造はディフラクトメ ーター(リガク:RAD-UA, TTR-V)を用いX線回折法により調べた。膜表面のモルフォロ ジーと膜厚はSPM(SIINT:SPI3800)を用いて調べた。
[結果]
 Fig. 6の黒丸はSi基板上にC23とC25をある条件で交互に2回ずつ真空蒸着した4層膜の 実測X線回折パターンである。本研究では全て分子軸が基板に垂直に配列する垂直配向膜 の出現する条件で成膜を行っているので長周期反射だけが観測される。Fig.5の 実測パターンでは純粋なC23結晶とC25結晶の長周期に対応する2系統の長周期反射群を 観測することができない。さらにそれぞれの反射の帰属は、通常の結晶のBragg反射とし ては指数をつけることはできなかった。
SPMではFig.7に示されるようにC23蒸着膜表面は数千nm程度の平坦なテラスが約3nm程度 の段差で積層した垂直配向膜特有のモルフォロジーが観察された。これより積層界面 は、分子1, 2本レベルの段差はあるものの分子レベルで広いテラス状の面であることが わかった。よって積層界面ではそれぞれの層の分子末端が形成する結晶学的な layer surface同士が結晶格子レベルで整合して積層していると考えた。 このような場合、上の層と下の層で散乱されたX線同士が互いに干渉すると推測される。 そこでFig.8のような単純に炭素数の異なるn-アルカンの交互積層モデルを想定し、 膜全体でX線が可干渉であると仮定し、モデルから散乱強度を計算した。Fig. 6の実線は モデルから計算した散乱強度である。それぞれの00l反射においてモデル計算の結果は実 測の散乱パターンをおおよそ再現している。つまり提案したモデルが妥当であると考え ることができる。
 以上で提案したモデルが界面現象を探る目的で応用できないかを検討した。バルクア ルカンにおける実験事実から判断すると単層間で異鎖長分子同士が相互拡散し、固溶体 を形成することが考えられる。成膜後の蒸着膜を融点以下の温度で熱処理するとX線回折 パターンが変化することを実験的に確認した(Fig.9)。上記モデルを修正したモデルによ る評価により、X線回折パターンの変化は固溶体層の形成によるものであると結論した。


Fig. 5 An example of model fitting of the X-ray diffraction profile of n-alkane 4-layered film. Full symbols and dotted line indicate the observed x-ray scattering profile. While, solid line indicates the calculated x-ray scattering pattern of the model.

Fig. 6 C23-C25の交互多層蒸着膜


Fig. 7 C23蒸着膜表面モルフォロジー
(a) 表面のDFMイメージ、(b)断面イメージ((a)のX-X'ライン)、(c)推測される構造


(a)


(b)

Fig. 8 C23-C25交互多層膜モデル
(a)分子配列、(b)電子密度分布


Fig.9 X-ray diffraction patterns of C23-C25 bilayered film annealed at various temperatures.


もっと詳しく

Ken Tanaka, Kiyoshi Ishikawa, Koji Nozaki, Naohito Urakami, and Takashi Yamamoto, "Structures of Multilayered Thin Films of Long-Chain Molecules: X-ray Scattering Study", Polymer J. Vol. 40 (10), 1017-1024 (2008).

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updated 2018.05.06

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