用語解説
<環境ストレスとは>
植物にとって,気温,日照,水分,栄養分の条件は生育に最適な範囲があります。高温や低温,乾燥や多雨,それに紫外線,大気汚染ガスなど環境条件が最適範囲から外れると,植物は本来の成長ができなくなります。これを環境ストレスといいます。米国の農業統計によると,環境ストレスによって作物本来の生産高の6割が損失しているとされています。
環境ストレスによる植物細胞の傷害の主因は活性酸素であると理解されています。
<活性酸素とは> とくに植物にとっての活性酸素の意義
活性酸素または活性酸素種(ROS = reactive oxygen species の略)は,酸素分子(O2)が還元または励起されて生じる反応性の高い分子種の総称です。スーパーオキシドラジカル(O2-),過酸化水素(H2O2),ヒドロキシルラジカル(HO・),一重項酸素(1O2)をいいます。過酸化脂質およびそのラジカル種を含めることもあります。
●ROSの作用
ROSは動植物を問わずあらゆる細胞で生成します。ROSは脂質,タンパク質,核酸などを酸化することで生体に有害な影響を及ぼすだけでなく,正常な生育に必要な役割(生理作用)も担っています。この両面性は「両刃の剣」とたとえられます。有害な影響としては,生体分子が酸化され機能が損なわれる「細胞の酸化障害」があります。細胞はROSを消去する抗酸化剤や酵素をもつため,通常の生育条件ではROSによる酸化障害は大きくありません。しかしストレスが続き細胞のROS消去能が低下すると,恒常的に生成するROS(後述)による酸化障害から生体に悪影響がもたらされます。植物では,不良環境条件での生育阻害がその典型例です。一方,ROSの生理作用として,植物ではストレス耐性遺伝子群の発現誘導,病原菌の感染拡大を防ぐ応答,管状要素形成時のプログラム細胞死への関与などがあります。またホルモン応答への関与も明らかにされつつあります。こうした生理応答にはたらくROSは誘導的に生成されます(後述)。
●ROSの生成
ROSの生成には恒常的生成と誘導的生成がある。恒常的生成は,葉緑体電子伝達系などでの酸化還元反応に伴うO2の還元や励起によるものである。例えば葉では,光合成の副反応として励起クロロフィルからの1O2生成,O2のO2–への還元,および光呼吸に伴うペルオキシソームでのグリコール酸オキシダーゼ反応によるO2のH2O2への還元がつねに進行している。試算では光合成に伴い葉面積1 cm2あたり1秒間に約1 nmol(分子数にして600兆)のH2O2が生成している。組織重量あたりのROS生成最大速度にすると,哺乳動物の筋肉の値の100倍以上である。植物でのROS生成の大きさがわかるだろう。また光合成を行わない細胞でも,ミトコンドリアの呼吸鎖電子伝達系でROSが生成する。
誘導的なROS生成は,外的刺激(感染など)や内的刺激(ホルモンなど)により活性化される,Respiratory burst oxidase homolog (RBOH) の酵素作用による。RBOHは細胞膜に結合しており,細胞外(アポプラスト)でO2を還元しO2–を生成する。O2–はアポプラストのSODによりH2O2とO2に変換され,H2O2がもとの細胞内部へ,また隣接細胞へと拡散して防御応答などの生理作用を引き起こす。植物は組織ごとに異なる種類のRBOHを発現しており,それぞれ特定の刺激に応答してO2–を生成する。
●ROSの消去
植物細胞は低分子の抗酸化物と消去酵素を大量に含む。これらの分子により,恒常的に生成するROSは速やかに消去され,ROSの細胞内濃度は極めて低く(マイクロMレベルあるいはそれ以下に)保たれている。植物のもつ抗酸化物のうち,アスコルビン酸(Asc),αトコフェロール,グルタチオンはH2O2や有機ラジカルの消去剤である。またβカロテンは1O2のすぐれた消去剤である。アントシアニンやカテキンなどのフラボノイドも抗酸化作用をもつ。さらに,酵素としてはO2–消去にスーパーオキシドジスムターゼ(SOD),H2O2消去にペルオキシダーゼ,カタラーゼ,ペルオキシレドキシンがはたらく。葉緑体でのH2O2消去には,Ascを基質とするアスコルビン酸ペルオキシダーゼが不可欠である。ペルオキシソームではカタラーゼがH2O2を消去する。こうしたROS消去酵素を欠損させると,光合成に伴い恒常的に生成するROSが消去されず,植物は強い光の下で枯死する。
●環境ストレス障害へのROSの関与
光合成に伴うROS生成は,光強度や環境条件により変動する。乾燥,低温,紫外線,オゾンなどの不良環境条件で組織内のROS増大が続くと,細胞の抗酸化防御能が弱まり,光合成速度の低下や生育阻害に至る。ROSを消去する酵素を過剰発現させた組換え植物がこれらの不良環境に対し耐性を示すという実験結果が数多く得られていることから,ROSは環境ストレス障害の要因であると考えられる。土壌の塩分や重金属,アルミニウムによる根の傷害にもROSが関与する。
●ROSを利用する除草剤
除草剤パラコート(化学名メチルビオローゲン)は,葉緑体での光合成電子伝達にともなうO2–の生成を促進する。パラコートを与えた葉は日照下では1〜2日で枯れる。クロロフィル生合成中間体による1O2生成を促進する除草剤や,βカロテン生合成を阻害し1O2消去を起こらなくすることで,光照射下で生成する1O2による細胞障害を起こさせる除草剤もある。
<活性カルボニル種とは>
活性カルボニル種(RCS = reactive carbonyl species の略)は,脂質分子が酸化され,さらにそれが分解されて生じるアルデヒドやケトンのうち,とくに毒性の強い(=化学的反応性が高い)α,β-不飽和結合をもつものを総称して言います(下図)。
●活性カルボニル種は生体内でできる
細胞は何層もの膜でできていて,その膜の主成分は脂質です。脂質分子は活性酸素(後述)によって酸化されやすい性質を持っています。酸化された脂質分子を過酸化脂質といいます。過酸化脂質は不安定で,分解していきます。この分解の結果,さまざまな種類のアルデヒド,ケトンが生成します。このなかでもα,β-不飽和結合をもつアルデヒドやケトンは,求電子性が高く,タンパク質や核酸などの生体分子と結合してそれらの働きを損ねる(機能を障害する)ため,生体にとっては影響の大きい分子です。これらを「活性カルボニル種」と定義しました(下図)。活性カルボニル種には例えばアクロレイン,4-ヒドロキシノネナール(HNE),マロンジアルデヒドなどがあります。
活性酸素は細胞内でつねに発生しているため,脂質はつねに酸化され,そこからつねにRCSが生じています。私たちの身体の中でも,脂質の酸化分解によってアクロレインなどのRCSが生じていることは,よく知られています。例えば尿中にはアクロレインの解毒代謝産物が検出されます。私たちは,植物が環境ストレスを受けたとき,葉や根の組織でRCSの量が増大することを明らかにしてきました。これは,環境ストレスを受けた植物で活性酸素レベルが増大した結果だと考えられます。
●RCSは毒性を持つ
RCSはタンパク質のCys,Lys,His残基に共有結合することで,タンパク質の構造を変化させ,タンパク質の機能を変化させます(多くの場合,機能低下につながると考えられる)。またグアニン塩基のアミノ基に結合することで,変異原となります。
●細胞にはRCSを解毒消去するはたらきがある
細胞にはアルデヒドやケトンを還元する酵素アルデヒドレダクターゼ(ALR)アルドケトレダクターゼ(AKR),アルデヒドを酸化する酵素アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)があり,これらの酵素は(細胞内に何種類もあって)さまざまなカルボニル化合物を還元または酸化して解毒することができると考えられています。私たちは,RCSのα,β-不飽和結合のみを還元する酵素2-アルケナールレダクターゼ(AER)を植物で初めて発見しました。また,RCSを解毒する別のしくみとして,グルタチオンとの抱合体化反応があります。 これらのカルボニル消去酵素の発現を高めた組換え植物は,塩ストレス,紫外線,アルミニウムストレスなどに対する耐性が少し高くなることが知られています。