山口大学医学部 大学院医学系研究科・医学部

Vol.4「EVエンジニアリングが拓く脳生体バリア機能制御によるシン治療法の創成」について

山大研究Q&A Vol.4「EVエンジニアリングが拓く脳生体バリア機能制御によるシン治療法の創成」について

 アルツハイマー病や、がんの脳への転移など、脳の疾患については今のところ有効な治療法に乏しいのが現状です。その主な理由は、身体の中でも特に重要な役割を担う脳の血管には、他の血管にはない「血液脳関門」と呼ばれる組織があり、これが生体バリアとなって治療薬が脳に届くことを阻んでいるからです。

 大学院医学系研究科病態検査学講座の富永直臣講師は、この血液脳関門の生体バリア機能を制御する研究を行っています。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業にも採択された本研究について、富永講師に聞きました。


富永 直臣 講師

Q. 脳の疾患は、今のところ有効な治療法に乏しいと聞きました。なぜでしょうか。

 通常、薬が患部に届くまでの主な流れとしては、口から摂取した薬が胃や腸で分解され、腸の粘膜から毛細血管へ吸収されて血液内に入り、全身をめぐりながら血管の微小な穴を通して患部に届くというイメージです。

 ところが、脳は体の中で最も重要な器官のひとつであるため、血液中の細菌やウイルスなどの有害物質が脳内に侵入しないよう、脳の血管内には「血液脳関門(BBB)」と呼ばれる非常に強固な生体バリアが張りめぐらされています。この生体バリアによって、有害物質の脳への侵入を防いでいるのはもちろん、治療に有効な薬の侵入さえも拒んでいるのです。現在では、血中に投与された薬は概ね投与量の0.1%程度しか脳内に到達していないといわれています。

Q. 血液脳関門の強固な生体バリアを制御する方法はありますか。.研究グループが進めている着床の可視化について、詳しく教えてください。

 研究では、体中の細胞から分泌される「エクソソーム(EV)」というナノサイズの丸いカプセルに注目しています。このエクソソームは細胞膜と同じ脂質の二重膜で作られていて、その中には分泌元のさまざまな情報が詰まっています。

 例えば、がん細胞が分泌するエクソソームは、己の細胞が増えやすいよう免疫細胞を抑える情報を詰めていたり、母乳が分泌するエクソソームは、赤ちゃんが飲むと免疫が強くなるようにサポートする情報を盛り込んだりといった具合です。

エクソソームの電子顕微鏡像

 このエクソソームは、ほぼすべての細胞から分泌されており、血液の流れにのって体じゅうをめぐりながら、内部に詰めこんだ情報を他の細胞へ運ぶメッセンジャーの機能を持っています。めぐってきたエクソソームを取り込んだ細胞は、その内部に含まれた情報を受け取り、その情報に基づいて機能を調整します。

 体内の運び屋ともいわれるこのエクソソームに、血液脳関門の生体バリアを一時的に制御させる情報を盛り込んで脳血管内の細胞に届けることができれば、強固な生体バリアを一時的に解除して薬を脳に届けることができると考えています。

Q. 研究では、どのようなことに取り組んでいますか。

 以前、乳がんの脳転移について研究を行った際に、がん細胞が放出したエクソソームに含まれるマイクロRNAという分子が、血液脳関門の生体バリアを一時的に制御することが分かりました。本研究ではこのマイクロRNAの機能に注目しています。しかしながら、このマイクロRNAを含んだエクソソームはがん細胞のメカニズムで分泌されるもので、正常な細胞からは分泌されません。

上記の「EVs(miR-181cを含む)」がマイクロRNAを含んだエクソソームにあたる

 がん細胞が有利に働くために分泌しているエクソソームをそのまま使うと、体にとって良くない情報まで使用することになってしまいます。がん細胞が分泌するエクソソームの中から必要な機能のみを取り出す必要があります。そのため、本研究では、がん細胞から抽出したエクソソームを改変(エンジニアリング)して、必要な機能だけを他の細胞に移植し、血液脳関門の生体バリアを制御できるマイクロRNAを含んだエクソソームを大量に産生させることを目指しています。

 また、「オフターゲット集積」といって、エクソソームは、内部に詰めた情報を必要としていない細胞にも誤って届いてしまうことがあります。情報を必要とする細胞へ適切に届かず、違う細胞に届いてしまうのです。いわば、配達物が正しい宛先に届かず、誤って違う場所に配送されてしまうイメージです。

 体内に薬を投与している間、マイクロRNAを含んだエクソソームが適切に脳の血管内に届き、血液脳関門の生体バリアを制御して薬を脳内へ通過させることができれば、薬の到達度が飛躍的に上がるはずです。マイクロRNAの生体バリア制御は一時的なものであることが分かっているので、時間の経過とともに生体バリアは再び強固になるはずです。この一連の治療法の成立について研究しています。

左)赤い線状の生体バリア機能が網羅された、正常な血液脳関門
右)生体バリア機能が破壊された血液脳関門(緑の粒状がマイクロRNAを含んだエクソソーム)

Q. 血液脳関門が制御できれば、脳疾患の治療は前進しますか。

 脳疾患に有効性が期待できる治療薬は、他の研究所で多く生まれています。ですが、血液脳関門が強固な生体バリアを張りめぐらせているので、せっかく良い薬があっても脳内へ送り届けられないのが現在の問題なのです。

 ですから、その生体バリアをうまく開けることができれば、開発されている薬が効力を発揮できるかもしれません。脳の疾患は、患者さんご本人はもちろん、支えるご家族も大変お辛いと思います。本研究の成果によって、患者さんやご家族のご心痛も含めて脳疾患の治療が少しでも前進すればと、希望を持って研究に取り組んでいます。

 

パソコンの画面に映っているのがエクソソーム

Q. 現在、研究はどこまで進んでいますか。また、現在の課題はありますか。

 本研究はまだ初期段階ですが、エクソソームの改変については完成しています。現在は、マイクロRNAを含むエクソソームを血液脳関門までどうやって効率よく届けるか。また、治療薬を投与している間だけ生体バリア機能を制御し、その後生体バリアを回復するために最適なエクソソームの投与量はどの程度かなど、検証が必要な課題が多々あります。

Q. 本研究の成果は、将来的にどのような活用が考えられますか。

 マイクロRNAを含むエクソソームの改変によって脳の生体バリア機能を制御するという治療法が確立されれば、アルツハイマー病や、がんの脳への転移など、脳の疾患に対する治療法が飛躍的に広がる可能性があります。さらに、目の網膜や精巣などにも、この血液脳関門と同じような生体バリア機能があるため、将来的には脳以外の疾患への治療にも転用できる可能性が十分あると考えています。


研究者情報

大学院医学系研究科病態検査学講座・細胞デザイン医科学研究所 先進ゲノム編集治療研究部門

講師 富永 直臣

※記事内のエクソソーム画像やイメージイラストはすべて富永講師提供

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