山口大学医学部眼科山口大学大学院医学系研究科眼科学

鈴木先生のロンドンレポート

第1回(2012年5月)

ロンドン留学生活スタート!

鈴木 克佳

2012年4月からイギリスのロンドンにあるMoorfields Eye Hospital (MEH)で緑内障の臨床研究を目的に留学しています。

ロンドンは「1日のうちに四季がある」と言われるほど天気が変わりやすいので、風雨よけのコートや折り畳み傘(または帽子)は必需品です。しかし、1年を通じては比較的安定した気候のためか、私が住んでいる町Golders Greenはその名の通り緑が多く、フラット(集合住宅)の庭には野鳥やリスがやって来ます。また、古い建物が法律によって保存されているので、統一感のある古き良き町並みが日常にあります。

ロンドン中心部にあるMEHへは徒歩と地下鉄で40分かけて通勤しています。MEHは世界で最も古く大きな眼科病院でその敷地は2-3ブロック分あります。その他にも提携する総合病院も含めて21の関連医療施設がイギリス国内にあり、ドバイやガーナといった国外にも関連病院があります。

長年不況のイギリスは、すべてが最先端の国ではありません。むしろ、日本のほうが発展していることも多いのですが、イギリスはその歴史と英語力で世界の人々を今なお魅了し惹きつけているようです。病院の研究室にもエジプト人、オーストリア人、ドイツ人、イタリア人、ポルトガル人、アイルランド人、日本人(私)など諸外国から多くの医師や数学者などのエキスパートたちが集まって来ています。

今後も定期的にイギリスの様々な魅力を伝えていきたいと思います。

第2回(2012年6月)

イギリス医療とMoorfields Eye Hospitalでの診察について

鈴木 克佳

イギリスにはNational Health Serviceという医療管理機関があり、イギリス国民を無料で診療しています。病気になるとまずGP(GP: general practitioner)が診察し、さらに高度な診察・治療が必要と判断されると、病院に紹介します。

Moorfields へはGPや他の医療機関から紹介された患者が受診します(図1)。外傷や急変した患者はAccident & Emergency 部門に直接来ますが(図2)、看護師が患者をトリアージして、その日うちに診察が必要な患者だけが外来に回ります。

Moorfieldsには大小15の外来があります(図3)。私のボス(Garway-Heath教授)の緑内障外来は火曜日午前で約100人診察しますが、外来には10の診察室があり(図4,5)、研修医やスタッフの10人弱で手分けして診察します。主治医制ではなく、術直後の症例を除いてほとんどの症例はその日の担当医が診察して、治療方針や受診間隔を決めます。再診であっても診察前に必ず病歴・薬歴の確認が必要なので、患者一人当たりの診察時間が長くなり、2時間以上の診察待ち時間は当たり前のようです。しかしながら、患者は診療が無料であるせいか、長い列を作っても平気な国民性のためか、何時間でも待っています(図6)。ボスは直接診察することはほとんどなく、診察医が判断に迷い意見を求める時だけ、一緒に診察したり、議論して治療方針を決めたりします。

病院内には外来とは別にResearch & Treatment Centreがあります(図7)。外来患者のなかに臨床研究の候補者がいた場合、臨床研究の勧誘資料を診察時に渡すか、後日自宅に郵送します。臨床研究に興味がある患者は臨床研究担当者に直接電話してアポイントメントをとります。その場合は、担当者が病院入口まで患者を迎えに行き、至れり尽くせりの体制で数時間かけてプロトコールに沿って様々な検査と診察を行います(図8,9,10)。診察を何回受けても無料であるうえ、診察待ち時間がないというメリットのため、臨床研究に参加する患者が多いようです。また、病院内には医療に従事する看護師や医師だけでなく、臨床研究の企画・ランダム化・データ解析を行う多くのコーディネーター、統計学者、数学者がいます。

Moorfieldsから臨床研究の報告が多いわけは、このようなイギリス医療とMoorfieldsの体制にあるようです。

番外編(2012年7月)

ヨーロッパ緑内障学会

鈴木 克佳

デンマークのコペンハーゲンで6月17日~22日にヨーロッパ緑内障学会(EGSC)があったので、参加してきました。2年に1度開催されるEGSCにはヨーロッパだけではなく、アフリカ、中近東、アジア各国からも参加者がおり、今回は約3000人が参加しました。Gala Dinner Partyでの隣の席は、スーダンの人でした。

午前にはメイン会場で基調講演やシンポジウムがあり、午前10時から30分間はポスター討論、午後は複数の会場でインストラクションコースが行われました。私は今研究している眼底イメージングや視野の会場に行きましたが、チューブシャント手術のコースが人気のようでした。大型液晶モニターを用いたポスター展示は、発表者がポスターを印刷して持参する必要がなく、省スペース化にも役立っていました。モニター解像度の限界で小さい字は見えにくいですが、討論時間以外は自分でモニター表示を切り替えて気になるポスター探して見ることができました。

コペンハーゲンはロンドンから飛行機で2時間と近いため、今回急遽参加しました。北海に面した昔ながらの波止場の景観を残した町で、日本では閉園してしまったチボリ公園(こちらがオリジナル)や世界3大がっかりの人魚姫の像も観に行きました。

第3回(2012年7月)

リサーチセミナー

鈴木 克佳

渡英して3か月が経ち、ようやくこちらの生活に慣れた6月中旬にリサーチセミナーがありました。セミナーには私が所属しているMoorfields Eye Hospital (MEH) のGlaucoma Research Unitからだけではなく、MEHのOptometry (検眼学) 部門やUniversity College LondonのOptometry and Visual Scienceの研究室からもスタッフや学生が参加していました。Garway-Heath教授 (私のボス) 以外にMEHのクリニック担当医師は参加しておらず、医師は私を含め海外からのResearch Fellowの計4名だけでした。この研究チームのメインテーマは画像・データ解析なので、臨床医ではなく数学者や統計学者などが中心となって研究を進めているようです。私は、英国で行われた大規模臨床研究のデータをもとに緑内障の進行をOptical Coherence TomographyやHeidelberg Retina Tomographyなどによる眼底イメージングで捉えられないかという研究を始めたばかりなので、その背景や今後の解析方法について発表しました。セミナー後には近くのパブで今回ドイツに帰国する同僚の送別会および懇親会にも参加しました。

さて、7月中旬となり選手村も開村してロンドンオリンピック直前です。聖火リレーも英国各地を回って来て今週からはロンドン周辺や市内を回る予定です。今年のイギリスは100年に一度の多雨のため気温も上がらず寒い夏になっているので、オリンピックの熱気で少しは夏らしくなればいいなと思っています。

第4回(2012年8月)

2012 ロンドンオリンピック

鈴木 克佳

7月末から8月前半は深夜から早朝にかけてロンドンオリンピックをテレビ観戦し、寝不足だった方も多いと思います。幸運にも現場に居合わせたので、今回はオリンピックレポートです。

オリンピック開会前には空港入管のストライキ交渉やチケットの販売不振などの悲観的なニュースが流れていましたが、聖火リレーがあり、ロンドン各所にオリンピックレーンや五輪マークや案内板が設置されて、ロンドンがOlympink (Olympic + pink)色に染まってくると徐々にお祭りムードが高まり、開会式当日には市内のパブやイベント会場にはテレビ・スクリーンで観戦する人だかりができていました。オリンピック会場へ聖火を運ぶためにデビッド・ベッカムが操縦するモーターボートがタワーブリッジを通過した際には、テムズ川沿いから次々と大歓声が上がりました。

現地にいてもチケットは高価で購入枚数制限もあり入手しにくかったのですが、男女サッカーと男女マラソンを観戦することができました。2国が対戦するサッカーでは、国同士の戦いという雰囲気があり、観客も普段以上に愛国心を駆り立てられて自国を応援し合うので、とても盛り上がりました。マラソンは、ロンドン市内を3周するコース設定のおかげで、応援しやすく、お得感 (元々、沿道での立見は無料) がありました。道幅の広い沿道では観客が溢れている地点もありましたが、狭い路地を通る地点では観客も比較的少なかったため、応援しているすぐ横を選手たちが走り過ぎて行きました。また、オリンピックを直接観戦できないLondon市民や観光客も、市内の公園でパブリックビューイングしたり、市内各所に設置されたオリンピックマスコットのWenlock像(パラリンピックはMandeville)を見つけて記念写真を撮ったりとそれなりに楽しんでいました。

今回は、残念ながらオリンピックパークの観戦・入場チケットは入手できず会場に近づくことすらできなかったので、パラリンピックでリベンジしたいと思います。もちろん、本業も頑張ります・・・。

第5回(2012年9月)

「競争力」

鈴木 克佳

日本ではオリンピックに比べてパラリンピックのテレビ放送や情報が少なかったようですね。イギリスでもテレビの生中継が少ないとテレビ局に苦情が多かったみたいです。それほど、パラリンピック発祥地であるイギリスでの競技への関心は高く、人気競技ではチケットが完売に近い状態でしたが、幸いにも陸上競技のチケットを手に入れて観戦してきました。

障害者を一般的にDisabled Peopleと呼びますが、パラリンピックアスリートは、障害のことを微塵も感じさせない Super Human(←パラリンピックコマーシャルで使われていたフレーズ)でした。パラリンピックは、障害部位や程度によってクラス分けされており、もちろん、視覚障害クラスもあります。私は、重度の視力障害(失明)クラスでのガイド付き100m競争(付き添い人と手をロープで結んで走る)を観戦しました。全く見えず、かつガイドと一緒に走るのは至難の業と思いますが、なんと決勝のタイムは12-13秒台でとても速く、オリンピック以上の感動を覚えました。

世界的にみると先進国の日本は障害者スポーツが比較的盛んと思っていたのですが、残念ながら陸上競技では日本人選手はほとんど勝ち上がっていませんでした。ちょうど同じ時期に、主要国の国際競争力(技術力や労働市場の効率性などを参考)が発表され、第1位はスイスで、イギリスは第8位、日本は第10位でした。東日本大震災や福島の原発事故の影響も大きいと思いますが、パラリンピックを観戦していると日本の経済力偏重やスポーツへの情熱・援助不足による競争力低下の結果は、国全体の競争力低下を反映していると感じました。

少し話は飛びますが、最近週末に自宅近くの公営テニスコートで子供とテニスをしています。そこでは、大人から子供まで幅広い年齢層の人々がとても楽しそうにテニスをしています。そして、正直上手ではありませんが、みんな全力でプレイ(試合)します。私たち日本人にはないスタイルです。最近の一連の経験から、競争力を養うためには好きなことを全力で楽しむという気持ちや行動とそれを後押しする環境(社会)が大切だと思いました。

第6回(2012年10月)

「出張」

鈴木 克佳

渡英して早や半年が経ち、1年間の留学生活を折り返しました。英語は相変わらずまだまだですが、こちらの生活には慣れてきて行動範囲が広がりました。しかしながら、マイカーを持っていないので、移動手段はもっぱらバスや電車といった公共交通機関です。ロンドン交通機関の代名詞である2階建ての赤いロンドンバスは、2階の最前席に座ると市内観光バスに乗っているように景色も良く見えて楽しめます。地下鉄は、管状の丸いトンネル内を走るために大柄な西洋人には不相応な小さい車両で通称Tubeと呼ばれており、緑内障のTubeとも共通なので、愛着を感じています(笑)

さて、脱線しかけた話を戻します。すでに行楽目的ではロンドン郊外や地方の町に足を伸ばしましたが、今回は仕事でNorwichという町に行って来ました。すでに9月に第一報が発表されましたが、Moorfields Eye Hospital (MEH) ではUKGTS (UK Glaucoma Treatment Study) という多施設臨床研究のデータ解析に携わっています。UKGTSのデータ解析のために各参加施設からすでにデータを回収してあったのですが、一部のデジタルデータが壊れていました。今回はNorwich and Norfolk University Hospital (NNUH) のGDx(神経線維層解析装置)のデータが壊れていたおかげ(?)とこちらのボスのGarway-Heath教授の粋な計らい(?)があり、データを再回収するための出張ということでNorwichを訪れました。

Norwichまではロンドンから電車で2時間弱です(図1)。ロンドンを少し離れるとすぐに田舎の風景になります。Norwich はNorfolk地方の州都だそうですが、こじんまりとした街で(図2)、イギリス第2位の高さの尖塔を備える大聖堂が唯一の見所でした(図3)。NNUHは日本の新設大学病院と同様にNorwichの郊外にありました(図4)。病院建物群の中央に日帰り手術・治療センターがあり、左右の建物にはそれぞれ関連性の高い専門科の外来が配置されていました。手術・治療センターの後方には独立した複数の病棟があり、各病棟から外来や手術・治療センターへのアクセスは良好そうでした(図5)。回収するデータ量が多いために眼科外来が終了した夕方からノートPCとGDxのデータ転送を設定して一晩そのままにしてNorwich市内で一泊し、翌朝にノートPCを回収して無事に帰りました。

イギリスの産業革命で重要な役割を果たした鉄道は、地方の町々を結んで蜘蛛の巣のように張り巡らされているため、町から町へ移動するには電車が一番便利です。最近では週末に日帰りでロンドン郊外へ行き、紅葉を楽しんでいます(図6, 7, 8)。

第7回(2012年11月)

「通勤」

鈴木 克佳

10月の最終日曜日でサマータイムが終わり、日本との時差も9時間と広がりました。日照時間が短くなって気温も一段と低くなり、通勤時には寒さが身に応えます(図1)。

さて、以前書いたように通勤には地下鉄(チューブ)を利用しています(図2)。Moorfields Eye Hospitalの最寄駅までは乗り換えなしで30分程度ですが、その間タブロイド紙を読んでいます。タブロイド紙は無料で、駅前や構内に置いてあるか、日本でのポケットティッシュのように配っています(図3)。

タブロイド紙というとゴシップ記事ばかりと思いがちですが、イギリス放送協会BBCと遜色ない幅広い話題を扱っていてイギリスの重要なメディアのひとつです。紙面中の広告の割合は大きいですが、トピックスと宣伝を兼ねた工夫も楽しめます(図4)。これまであまり目にしなかった裁判・紛争・事件に関する英語やイギリスの医療環境・レベルを知るきっかけになります(図5)。

病院の近くにはス○ーバックスがあり、簡単な英会話をと思って、毎朝そこで飲み物を注文することを日課にしています。イギリス(外国?)では注文時に名前を聞かれてカップに書くので、当初ファーストネームを短くしてKATSUと伝えていましたが、必ずと言っていいほど伝わりません。一番の問題は英語の発音ですが・・・。ラストネームのSUZUKIにすると、幸いmotor company名として認知されているので、かなり伝わりますが、以前は注文名がSusie(おそらく女性名)になっていたこともありました(図6)。研究室で患者さんからの問い合わせの電話を受ける際に相手の氏名は聞こえてもなかなかスペルが合わなかったり、覚えられなかったりするのと同じです。

最近は週1回仕事帰りにロンドン大学 (University College of London)に寄ってAcademic Speaking Courseを受講しています。UCLは伊藤博文らの長州ファイブが秘密留学中に勉強したところで、近年では山口大学と交流しています(図7,8)。このコースは7-8人のWorking Group形式で、アカデミックな話題について英語でディスカッションします。英語力は依然として上達しないのですが、ディスカッションの進め方を学んだり、英語で思考・発言したりする良い機会になっています。

第8回(2012年12月)

クリスマスシーズン

鈴木 克佳

12月に入ると街中にはクリスマスのデコレーションやライトが飾られ、早い日没後も目を楽しませてくれました。デコレーション自体に派手さはないですが、ヨーロッパ様式の建築物と調和してさすがに本場のクリスマスらしい雰囲気を作り出していました(図1, 2, 3)。

市内のいくつかの公園にはスケートリンク、移動遊園地、クリスマスマーケットから成るWinter Wonderlandが開設され、暗くなってからも子供は遊園地で遊び、大人はお酒を飲んでロンドンの夜長を楽しんでいました(図4, 5)。

12月はじめにイギリス緑内障学会に 参加するために訪れたエジンバラでもロンドン同様にWinter Wonderlandが開設され、多くの人で賑わっていました(図6, 7)。

イギリスのクリスマスの準備は、日本のお正月の準備と同様(それ以上?)の慌ただしさでした。クリスマスにかける予算や準備は想像以上で、不況とは思えないほどショピングセンターやデパートは買物客で混雑し、デコレーション、クリスマスギフト、食材などを大量に購入していました。24日のスーパーマーケットでは朝9時前から事前注文した七面鳥やクリスマスプディングなどのクリスマス料理を受け取る人々の長い列ができていました。25日のクリスマスには、市内の地下鉄やバスなどの公共交通機関はすべて運休し、出歩かないで家族と共に家で過ごすことがイギリスの習慣でした(図8, 9)。

翌26日もBoxing Dayという休日で、その由来はチャリティーギフトを箱に詰めて贈ることだそうですが、最近ではWinter Sale初日に当たり今年も1日で3億ポンドの売り上げがあったそうです。

イギリスのほとんどの人達は今週休暇を楽しんで、年明けの1月2日から仕事を再開します。

それでは、みなさん、良い年をお迎えください。

第9回(2013年1月)

新年

鈴木 克佳

日本では、お正月、成人の日、センター試験などの新年行事が終わり、日常生活に戻ったころだと思います。 英国では、クリスマス前から年明けまでがクリスマスホリデーでした。海外で迎える新年だったので、大晦日から新年にかけての London Eye Fireworksを観てきました。 London Eye Fireworksは25万人以上の人出がある新年イベントで、早い時間から現場に到着していないと、交通規制のためにLondon Eyeに近づけません。早目の夕食後、夕方6時には現場に到着し、その時を6時間待ちました。グループで来ている人たちは広げたシートに座り、持参したサンドイッチや食料を食べて、ピクニック気分で新年を待っていました。ワインのボトルや缶ビールを空けて、新年前にすっかり出来上がっている人も多かったようです。

その後も人がどんどん集まって来て、新年を迎える2時間前には座るスペースはもはやなく、満員電車のような状態になりました。さらにDJのアナウンスと音楽がかかって会場の興奮はますます盛り上がりました。 カウントダウン終了と同時に花火が一斉に打ち上げられました。日本の夏の花火イベントのようにひとつひとつの花火を鑑賞するのではなく、大量の花火を15分間で一気に打ち尽くし、新年を派手に祝いました。

翌日の2日からは通常の生活に戻り、特別なイベントはありません。昨年から引き続いて年末年始も、ロンドンは雨ばかりでしたが、今週末には積雪しました。メキシコ湾流(暖流)の影響で冬でも意外に暖かいロンドンですが、さすがに底冷えしています。 留学生活も残り2か月となり、やっと解析データもそろって少し忙しくなったので、なんとか何かをつかんで帰りたいと思います。

第10回(2013年2月)

ウィーン

鈴木 克佳

ロンドンは年が明けてからずっと曇天で寒い日が続いていますが、少しずつ日が長くなってきたので、そろそろ春の便りが届かないかと待っている今日この頃です。

さて、2月14日、15日の2日間にウィーンで開かれた小さな研究会に参加して来ました。実はウィーンは2回目の訪問で、1回目は昨年6月の連休に観光で訪れました。皆さんもご存じの通り、ウィーンはモーツァルト、ベートーベン、シューベルトといった有名な音楽家が生活した音楽の都で、日本人にはとくに人気が高く、日本人観光客数は隣国のドイツ人に次いで第2位だそうです。観光のオンシーズンは春から秋ですが、今回は雪の中のウィーンを訪れました。

私は現在Moorfieldsで関わっている緑内障の画像解析や視野解析を日本で深く勉強していなかったので、渡英当初はMoorfieldsで正直何をやっているのかがさっぱり理解できませんでしたが、帰国が迫ってきた今になってやっと研究の全体像および詳細が理解できるようになってきました。日本でも画像や視野解析が行われていますが、臨床研究データを集めてそこから疾患の鑑別や病態把握のために有意なパラメーターを検討する方法が一般的です。しかしながら、このようなパラメーターはメーカー企業が提供するハードウェアやソフトウェアに依存し制限されています。他の分野でも同様なのでしょうが、海外での研究チームには医師以外に統計学者や数学者や工学者などの多くのスペシャリストがメンバーとして参加しています。医師の主な役割分担は臨床データを入手するための臨床研究の立案や外来での患者リクルートで、収集した臨床データセットを利用して画像やデータを解析するのは、主に統計学者、数学者です。今回の研究会でも私たち医師だけでは考え付かないような理論や数式を適用して臨床研究データを操り、緑内障の進行予測や画像診断精度を向上させるプログラムや新しい原理の眼科検査器械の開発についての発表がありました。

医師の中にもMoorfieldsのGarway-Heath教授のようにその原理や手法に造詣が深い人がいて、このような多職種から成るチームをうまくマネージメントしています。多職種チームのため、一方では効率的でないこともあるのですが、議論し知識をすり合わせることによって個々の専門知識や考え方の違いをうまく反映して最先端の研究に生かしているように思います。

30人弱の小規模の研究会だったので、2日間の食事や市内ガイドツアーも皆で同行しました。食事の席では、最近の話題として英国がEUから脱退したがっていることや馬肉混入事件についての各国の意見に冗談を交えて談笑していました。(英国人は馬を愛していますので決して食べません。)異質なものを取り入れてコミュニケーションしネットワークを作ることが大切ということを実感した2日間でした。

第11回(2013年3月)

“Mind the Gap.”

鈴木 克佳

“Mind the Gap”は、ロンドン滞在中におそらく最も耳にしたフレーズのうちの一つです。Gapはプラットホームが曲がっていることによって車両との間に生じる隙間で、地下鉄の乗降時にそれに注意するようにとアナウンスが流れます。日本の「電車とホームの間が広く空いているところがありますので、ご注意ください。」といったアナウンスと同様です。最近の記事にこのフレーズのオリジナルの声の主が亡くなられ、その奥さんからの「ご主人の声を聴きたい」という願いが聞き入れられ、オリジナルのアナウンスがまた流されるようになったとありました。”Mind the Gap”のロゴを使ったピンバッチやキーホルダーが作られたり、その他の時事にもしばしばこのフレーズは用いられたりして、ロンドンの文化や生活する人々の意識にまで浸透しているようです。

Gap は大きな隔たりではありませんが、たしかに注意が必要です。それは地下鉄の乗降時に限ったことではありません。ロンドンでの留学生活当初はコミュニケーションや様々な場面でそのGapに絶えず注意し、時に悩まされましたが、イギリスおよびMoorfieldsの状況が理解でき、生活に慣れてくると、そのGapも楽しめるようになりました。多様性、寛容性がある(ある意味ルーズな)ロンドンでの生活は、緑内障医の私の視野を広げてくれたように思います。

最後になりましたが、今回の留学を後押しし協力していただいた園田教授や教室員の皆さん、受け入れていただいたGarway-Heath教授とその同僚、滞在中に出会った人々すべてに深く感謝し、心からお礼を申し上げます。

それでは、あるコメディアンの言葉を引用して今回の留学体験記を終わりにしたいと思います。

I don’t mind the gap. In fact, I love it…

留学体験記